2011/10/04
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津波防災を学ぶ教育紙芝居『稲むらの火』

小学5年生の国語教科書(光村図書)に「百年後のふるさとを守る」という教材文が平成23年度から掲載されました。

その教材文の中で取り上げられ、国定教科書に掲載されたとされる話が『稲むらの火』です。
教育紙芝居として昭和17年に作成された教育紙芝居「稲むらの火」(復刻版)をもとに、朗読がついた紙芝居DVDも制作されています。

稲むらの火 (仮名遣い・ルビはほぼ原文のまま)

「これは、たゞ事でない。」
とつぶやきながら、五兵衛は家から出て来た。今の地震は、別に烈しいといふ程のものではなかつた。
しかし、長いゆつたりしたゆれ方と、うなるやうな地鳴りとは、老いた五兵衛に、今まで経験したことのない無気味なものであつた。
五兵衛は、自分の家の庭から、心配げに下の村を見下した。村では、豊年を祝ふよひ祭の支度に心を取られて、さつきの地震には一向気がつかないもののやうである。
村から海へ移した五兵衛の目は、忽ちそこに吸付けられてしまつた。風とは反対に波が沖へくと動いて、見る見る海岸には、広い砂原や黒い岩底が現れて来た。
 「大変だ。津波がやつて来るに違ひない。」
と、五兵衛は思つた。此のまゝにしておいたら、四百の命が、村もろ共一のみにやられてしまふ。もう一刻も猶予は出来ない。
 「よし。」
叫んで、家にかけ込んだ五兵衛は、大きな松明を持つて飛出して来た。そこには、取入れるばかりになつてゐるたくさんの稲束が積んである。
 「もつたいないが、これで村中の命が救へるのだ。」
と、五兵衛は、いきなり其の稲むらの一つに火を移した。風にあふられて、火の手がぱつと上つた。一つ又一つ、五兵衛は夢中で走つた。かうして、自分の田のすべての稲むらに火をつけてしまふと、松明を捨てた。まるで失神したやうに、彼はそこに突立つたまゝ、沖の方を眺めてゐた。
日はすでに没して、あたりがだんく薄暗くなつて来た。稲むらの火は天をこがした。山寺では、此の火を見て早鐘をつき出した。
 「火事だ。荘屋さんの家だ。」
と、村の若い者は、急いで山手へかけ出した。続いて、老人も、女も、子供も、若者の後を追ふやうにかけ出した。
高台から見下してゐる五兵衛の目には、それが蟻の歩みのやうに、もどかしく思はれた。やつと二十人程の若者が、かけ上つて来た。彼等は、すぐ火を消しにかゝらうとする。五兵衛は大声に言つた。
 「うつちやつておけ。―― 大変だ。村中の人に来てもらふんだ。」
村中の人は、追々集つて来た。五兵衛は、後から後から上つて来る老若男女を一人々々数へた。集つて来た人々は、もえてゐる稲むらと五兵衛の顔とを、代るがわる見くらべた。
其の時、五兵衛は力一ぱいの声で叫んだ。
 「見ろ。やつて来たぞ。」
たそがれの薄明かりをすかして、五兵衛の指さす方を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線が見えた。其の線は見るく太くなつた。広くなつた。非常な速さで押寄せて来た。
 「津波だ。」
と、誰かが叫んだ。海水が、絶壁のやうに目の前に迫つたと思ふと、山がのしかゝつて来たやうな重さと、百雷の一時に落ちたやうなとゞろきとを以て、陸にぶつかつた。

人々は、我を忘れて後へ飛びのいた。雲のやうに山手へ突進して来た水煙の外は、一時何物も見えなかつた。
人々は、自分等の村の上を荒狂つて通る白い恐しい海を見た。二度三度、村の上を海は進み又退いた。
高台では、しばらく何の話し声もなかつた。一同は、波にゑぐり取られてあとかたもなくなつた村を、たゞあきれて見下してゐた。
稲むらの火は、風にあふられて又もえ上り、夕やみに包まれたあたりを明るくした。
始めて我にかへつた村人は、此の火によつて救はれたのだと気がつくと、無言のまゝ五兵衛の前にひざまづいてしまつた。